プロフィール【ロジィ】

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HN:ロジィ(suzuki)

出身:静岡県浜松市

性格:とある性格診断によると私は全人口で1%未満の性格らしいです。話し方は穏やかだけど強い意見を持つ人間で、自分の信念に夢中になると限界をあっさり超えてしまうそうな。あとストレスが溜まると突然姿を消します。対立や批判に滅法弱く、とにかくそういうのは苦手らしい。優しくしてください。優しくしてください。二回言っときます。私と同じ性格を持つ有名人はなんと『プリズン・ブレイク』のマイケル・スコフィールドです。はやく脱獄しなきゃ!

職歴:埼玉県の山奥でネジ数えてたら、友達のお父さんに呼ばれて東京都でエアコン売り始めました。ドライバーとスパナって好きです。最近は自分の夢を思い出して工具片手に文章を書く仕事もしています。

趣味:物語を読んだり聞いたり観たりするのが大好きです。いつか自分でも書けたらいいなと思っています。走ったり山登ったりするのも好きです。あと腹筋6LDKかいって言われたい。

目標:物語を紡げる人間になるか物語について変態的知識を持つ人間になって山奥で暮らしたい。

好きな物語:アルジャーノンに花束を

今の私ができるまで

小さい頃の話

静岡県のどっかで長男として生まれました。出身は静岡県浜松市ですが、じつは1年も暮らした記憶がありません。父親が転勤マンだったので3歳の頃はアメリカのオハイオ州にいました。私の記憶が定着したのはアメリカの寝室で両親が全裸でプロレスしている時でした。あれは一体なんだったのか大人になった私にはよく理解できています。

よく聞かれるんですが、英語は全く喋れません。超集中すれば辛うじて何となく聞き取れるレベルです。というのも7歳で帰国したからで、あと3年いれば私は英語ペラペーラだったようです。そしたら私の人生すこし違っていたかもしれません。7歳で帰国した私はおそらく2分くらいで英語を忘れました。アメリカにいたころの寝言は英語だったらしいのに!

8歳で静岡県から埼玉県に移り住みました。そこからずっと埼玉です。小学生の私は『星座物語』に出会いました。一体なぜあんなにも『星座物語』に惹かれたのか今でもよくわかりません。私はそれまでアホみたいに外を駆け回り、アホみたいに骨折しまくっていたのに、気がつけば休み時間はずっと『星座物語』に夢中になっていました。周りの友達は私の豹変ぶりに恐れおののき、どんどん離れていきました。それでも何となく残ってくれる友達もいました。今ではみんな音信不通です。

少年時代の話

中学校にあがった私は、相変わらず物語が好きだったらしく、ゲームもマンガもアニメも大好きでした。普通に立派なオタクです。なぜか当時の私はオタクに憧れており、自分がオタクであることを誇りに思っていたようにも思えます。私の中二病はオタクになりきることでした。痛々しい。右腕の闇の波動を抑えて悶えている方がまだマシです。

高校にあがり、やっぱり物語が大好きな私は演劇部に入部します。理由は「台本というものを読んでみたい」というものでした。ほんとに読むだけで良かったんですが、私の高校の演劇部は弱小で私と私の友人を含めて当時の部員は4人しかいません。なんか色々やらされました。別に声とか出したくなかったんですが発声練習をやらされ、とにかく舞台には立ちたくない、裏方がいいと主張した私は演劇未経験にも関わらず「演出」「照明」「音響」「舞台監督」の全てを一人でやるハメに……そりゃあもう他校を交えた裏方会議の際は多重影分身の術でも使わないとどうにもならないレベルの忙しさに見舞われましたよ。未経験者大歓迎というのはトラップです。気をつけてください。

んで、結局舞台にも立たされるんですよ。まぁ、おかげさまで変な度胸がついて、人前に立つことも、多少ブラックな業務量にもビビらなくなりました。弱小ながら県大会にも2回出場でき、さいたま芸術劇場の大ホールで演技をやらせてもらえたのは、今の私にとってとても良い経験だったと思います。

青年時代の話

大学は高校からエスカレーターで行けるところに進学しました。理由は演劇部にハマりすぎて受験勉強しなかったのと入学するとノートパソコンがもらえたからです。ノートパソコンがあれば自分の部屋でネトゲができる! と思ったんですね。入学した頃には飽きてましたが。

大学時代は本屋のバイトに明け暮れ、勉強した記憶がほとんどありません。今になって勉強したいことが山ほどあります。モラトリアムは罪深い。本屋のバイトだけでなく、遊ぶ金欲しさに大して勉強できないくせに家庭教師のバイトもしました。当時は本当に働くのが好きでした。勉強しろよマジ。働きすぎて扶養所得を大幅に超えてしまい親がやたら高い税金を払っていました。勉強しろよマジで。

就職してからの話

正社員として埼玉の山奥でネジを数える仕事をはじめました。当時の私はなぜか静かな20代を過ごしたいと思っていたので、なるべく人里離れた、静かで、きつくない仕事を求めていたのです。

その夢はリーマンショックという形で叶いました。輸出系の中小企業だった山奥の会社はリーマンショックの煽りをモロに喰らい、なんと週休3日、残業禁止、給料カット、ボーナスなし、という素敵な状態に陥ったのです。私はそこで3年ほどシルバー人材みたいな暮らしをしました。

お金はないですが、時間は異常にある。私は将棋をはじめました。将棋をはじめればなんか賢くなれると思ったのです。まぁ、なりませんでしたけど。高齢者の方や小学生の方に混じって将棋教室にも通いました。過疎っている上に自分だけ20代でめちゃくちゃ浮いてて、しかも完全にお茶会の場でまともに強くなりませんでした。でもみんな本当に仲良くしてくれて、やがてその将棋教室は潰れました。

転職してからの話

さすがにこのままじゃまずいと思っていた私は、ネジを数えるのをやめて大学時代の友人の父親が働く東京の職場にお世話になることに

東京は怖いところです。人がいっぱいいます。山奥で暮らしていた私にとって東京はまさに血で血を洗う戦場のような世界でした。まさに異世界。今でも東京はあまり好きになれません。池袋のジュンク堂書店は大好きですけど。あそこのカフェは最高ですよ。

転職して、謎の焦燥感に駆られていた私は本をたくさん読みました活字の本を年間100冊読もう。そう決意し、ひたすら読みました。するとどうでしょう。あっという間に成果が出たのです。なんと視力が低下しました。人間、なにかを始めたところで少年漫画よろしくいきなりパワーアップなんてしません。

ただ、本読みはじめて気づいたんです。「あ、私、文章に携わる仕事がしたかった気がする!」って。気がしただけです。文章に携わりたいのではなく、私は昔から物語が好きだったんです。いつの間にか忘れてしまっていた私のアイデンティティを読書によってようやく思い出したのです。私は、小説を書きました。はい、書けませんでした。

でもでも、私は物語に触れていたい。なんでもいいから、物語そのものも物語に関する知識も全部知りたい。だってなんかよく分からないけど私は昔から物語が大好きで今も愛しているのだから。もっと物語を知るために、いつかは自分で物語が紡げるようになるために、私は『ナラとロジィ』というブログを作りました。

ナラとロジィは私だけのブログではありません。ロジィは私で、ナラは私の友人が演じてくれています。このブログがこんなややこしい構成になっているのはきっと私が演劇をやっていたからでしょう。友人がなぜ私に協力してくれるのかはわかりません。暇なんでしょうか(失礼)。彼の協力にはとても感謝しています。いつか何かで返せたらと思います。

私の物語はつまらない

今の私ができるまでのお話は以上となります。つまらないお話で申し訳ないです。異世界に転生していたり、誰かと入れ替わってたり、なんかすんごい恋愛とかしてたら良かったのですが、事実は小説よりも普通なのです。

本当はこんなにダラダラと私の人生を語るつもりなかったのですが、物語を扱うブログを運営する者が自分の人生を物語らざるしてどうすると思ったのです。

ここまで私のとりとめのない物語を読んでくれた方、本当にありがとうございます。時間を無駄にしてしまっていたらごめんなさい。少しでも暇が潰せたなら嬉しいです。

ナラとロジィが紹介する物語たちはここに書いてある物語よりも遥かに面白いものばかりです。その面白さのほんの一部でも伝わり、皆様の生活がほんのすこし豊かになればと思います。

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