【感想・考察】羅生門【芥川龍之介】

感想・考察 (1) 物語
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※ネタバレ注意!
この記事には作品のネタバレが多く含まれております。未読の方はご注意ください。

ロジィ
ロジィ

芥川龍之介の代表作である羅生門は1915年の作品

ナラ
ナラ

ちょうど第一次世界大戦が人々の間で行われていた時代だね

ロジィ
ロジィ

おどろおどろしい雰囲気の物語だ

ナラの感想

切り替わる心

人の気持ちが悪いほうへと変わっていく物語。

梅崎春生の「蜆」に似ているけど、それよりももっとスパっと気持ちが変わってしまうお話。

「蜆」は灰色に感じたけど、「羅生門」は赤黒い感じだったなぁ。

舞台は平安朝。主人に暇を出され、寂れた羅生門の近くで一人の下人が雨宿りをしながら、身の振り方を考えていたんだ。

良い状況ではないけど、悪いことはしたくない。
そう思っていた彼の気持ちが一瞬で変わってしまう。

それがこの作品の面白いところなんだとボクは思ったよ。

下人と老婆

この下人の価値観が変わるのは、羅生門の上でとある老婆と出会ったからなんだ。

この老婆は、自分が生きるために、羅生門の上に打ち捨てられた女性の髪の毛を抜いていたんだけど、それを下人に見咎められてしまう。

この時の下人は正義感に満ちていて、少し前に悪いことをしないと生きていけないかも、なんて考えてた気持ちが嘘みたいに消え去っていた。

そんなことをする位なら飢えてしまったほうがマシだと確信していたくらい、悪が許せなかったんだ。

それで、なぜそんなことをしたのかって老婆を問い詰めるんだけど、老婆は女の人の髪の毛を売り物にして、自分の生を繋ぐつもりだったって告白した。

彼女は下人に言い訳をする。

ここに打ち捨てられた人たちは、自分に髪の毛を取られるくらいはしょうがないと思えるような生き方をしてきた人たちだって。

老婆の話を聞いて、彼の中に一つの理論が生まれる。

それは生きるためであれば、悪を行う人間に対してなら悪事を働いてもよいということ。

そうして彼は悪行を正当化したんだ。

まとめ 罪悪感と正当化

下人がいかにして自分自身の罪悪感をなだめたか。

客観的に悪いことだとしても、ヒトはそれっぽい理由があれば行動できちゃうんだろうね。

自分で自分を正当化さえできれば、良心の呵責かしゃくが消えて負い目も感じない。

お婆さんは自分が説明した理屈で下人に服を剥がれてしまった。

可哀想な気もするけど、きっと自業自得。

善には善を。
悪には悪を。

まるでハムラビ法典だね。

お婆さんの衣服を奪って逃走した下人が、その後どうなったかは分からない。

でも、奪った着物を売って幸福になる未来は想像できないな。

ロジィの分析

下人の葛藤

盗人ぬすびとになるよりほかに仕方がない」と云う事を、積極的に肯定するだけの、勇気が出ずにいたのである。

芥川龍之介『羅生門』青空文庫

この作品は、冒頭で分かりやすく葛藤かっとうが説明されている。

行き場を失った下人はこのまま餓えてしまうか盗人になるかで悩んでいるのである。

その葛藤にどのような結論をどういった経緯で下すのかが、この物語の主軸となっている

2つの対立

 すると、老婆は、見開いていた眼を、一層大きくして、じっとその下人の顔を見守った。まぶたの赤くなった、肉食鳥のような、鋭い眼で見たのである。それから、皺で、ほとんど、鼻と一つになった唇を、何か物でも噛んでいるように動かした。細い喉で、尖った喉仏のどぼとけの動いているのが見える。その時、その喉から、からすの啼くような声が、あえぎ喘ぎ、下人の耳へ伝わって来た。

芥川龍之介『羅生門』青空文庫

餓えるか盗人で悩む下人が出会った老婆は盗人であった。

下人自身がもつ餓えか盗人かという葛藤に、義憤ぎふんに燃える下人と盗みを働く老婆というもう一つの対立が重なり、物語の厚みをもたせている。

そして、ここがもっとも下人の心を揺さぶり、感情のベクトルの上下運動が激しくなっているシークエンスである。

彼は老婆に対して様々な感情が燃え上がったり沈み込んだりしている。

下人と老婆の対決は、下人の心の葛藤を思わぬ形で解決してしまう。

老婆との対話を通して彼は新たな自分に生まれ変わる勇気を得るのだ。

その勇気は非人道的な行為に及んでいる老婆に対して生まれた勇気とは真逆のものだった。

彼の葛藤はとりあえずの解決をむかえ、物語はクライマックスへと転がっていく。

感情と天気

 ある日の暮方の事である。一人の下人げにんが、羅生門らしょうもんの下で雨やみを待っていた。

芥川龍之介『羅生門』青空文庫

空が晴れていたら下人の選択は違っていたのだろうか。

たとえば、主人に暇を言い渡された下人が雲一つない青空の下でたまたま羅生門の前を通りかかって、もっと青い空が見たくて羅生門のろうに上がり、老婆に出くわしたのならば、彼はどんな選択をしたのだろうか。

出てくる鳥が鴉ではなく、雀だとしたら?出てくる鳥が鴉ではなく、雀だとしたら?

朝の、爽やかな空気の中、彼は羅生門で老婆をどうするのだろうか。

ラジオ体操でもしそうな雰囲気だ。

物語の空模様と登場人物の心情は連動していることが多い。

心に暗雲立ち込めるとき、きっと空も暗いのだ。

ナラとロジィの「羅生門」

ロジィ
ロジィ

蛇と魚ってどっちが獲りやすいんだろう

ナラ
ナラ

まず食いつくとこそこなんだ

ロジィ
ロジィ

ふつうに魚獲った方が楽なんじゃないかと

ナラ
ナラ

平安時代は蛇がたくさんいたんじゃない?

ロジィ
ロジィ

それならみんな食べてそうじゃないか?イナゴ食う民族なんだし

ナラ
ナラ

蛇は食べなかったじゃないかなぁ。食べ物じゃないものを食べ物だって言い張ってるから罪深いんじゃない?

ロジィ
ロジィ

ダンゴムシをキャビアだって言い張っているようなもんか

ナラ
ナラ

多分ね、ボクら菜食主義だからわかんないけど

ナラ
ナラ

話は変わるけど、天気と物語の関係って面白いね

ロジィ
ロジィ

天気は物語世界を構築するのに大事な要素だと思ったんだよ

ロジィ
ロジィ

羅生門みたいな世界は雨だから良いんだろうなって

ナラ
ナラ

うんうん

ロジィ
ロジィ

感情に応じて天気が変わることもあるな。登場人物の感情が高ぶると大雨になったりさ

ナラ
ナラ

あ、たしかに。マッドな研究が完成したときとか雷落ちている気がする

ロジィ
ロジィ

ナラは主人公の気持ちの移り変わりに着目しているね

ナラ
ナラ

そうだね、主人公の下人が老婆と出会って悪人へと変貌する姿がやっぱり印象的だった

ロジィ
ロジィ

老婆の発言が彼を変えて、反社会的な行為を厭わない状態へと持って行ったシーンか

ナラ
ナラ

そうだね

ロジィ
ロジィ

うーん

ナラ
ナラ

どうしたの?

ロジィ
ロジィ

いや、自分で言ってふと思ったんだが、下人のしたことや老婆の行動、あれは本当に反社会的な行為なのだろうか?

ナラ
ナラ

え、いや普通に犯罪でしょ

ロジィ
ロジィ

我々の視点ならそうだが、羅生門という物語世界の中ではどうなんだろうな

ナラ
ナラ

どういうこと?

ロジィ
ロジィ

倫理観を持っていた頃の下人と髪を抜く老婆、あの世界ではどっちがマイノリティなのだろうってね

ナラ
ナラ

うーん、多分、下人?

ロジィ
ロジィ

でしょ。

ロジィ
ロジィ

あの物語世界でもし大多数の人間が生きていくために仕方なく老婆のような生活をしているのだとしたら、その行為ははたして反社会的と呼べるのかな

ナラ
ナラ

でも、悪いことじゃん

ロジィ
ロジィ

しかし、それは裁ける人間はどれほどいるのだろうか。そうなってくると不快ではあるが、悪とも言い切れないんじゃないかな

ロジィ
ロジィ

手を取り合って仲良しこよしができない世界では弱者が淘汰されてしまうのは仕方ないことだと思う

ナラ
ナラ

うーん、でもそれはなんか、嫌だね

ロジィ
ロジィ

ああ、嫌だな

コメント

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