【ヒストリエ】誰もが憧れている“自由”は【ナラロジサプリ】

ナラロジサプリ 物語
この記事は約4分で読めます。
スポンサーリンク

※ネタバレ注意!
この記事には作品のネタバレが多く含まれております。未読の方はご注意ください。

ナラ
ナラ

ピンポンパンポーン♪
ナラロジサプリについてのご連絡だよ

ロジィ
ロジィ

ナラロジサプリのテーマは「ピュタゴラスの逆療法」です

ナラ
ナラ
ロジィ
ロジィ

この記事の内容は我々の主観が大いに含まれており本来の意図するところとは違う解釈をしている場合もあります

あらかじめご了承おねがいします

今日の名言・元ネタ

たとえ奴隷の身分でなくとも

誰もがあこがれている

“自由”は

結局はさくに囲われた「庭」なんだと思う

広い狭いの違いはあっても

地平線まで続く“自由”などありえない

岩明均『ヒストリエ(10)』講談社

マケドニアの書記官にまで出世したエウメネスは居候先の娘エウリュディケと恋仲になる。

彼女との順風満帆な暮らしを満喫するエウメネスでしたが、その暮らしは長くは続きませんでした。

エウメネスを手放したくないマケドニア王がエウリュディケを第7王妃として娶ることにしたからです。

エウリュディケとの突然の別れに動揺したエウメネスは、彼女と王の縁談をぶち壊しにして共に逃げようと誘います。

エウリュディケはこれを断り、エウメネスに自由について語り、彼をなだめました。

この言葉について思うこと

自由という概念を見るには不自由という概念をしらなくてはならない。

この不自由を柵と言うのであれば、人間が一番最初に柵を作ったのはあの契約の時からではないかと思います。

その契約は、人類が植物に優位な環境と発育を助ける代わりに、植物は人類のエネルギー源になるというもの。すなわち農耕です。

この植物と人類の契約をどちらが先に持ちかけたのか知る由もありませんが、これによって人類は安定した食糧を手に入れることができ、爆発的に数を増やすことに成功します。

そして、人は農耕を始めて自由を失った。あるいは不自由を知ったのではないかと思います。

農耕をすることで、人類の生活は植物に合わせなければなりませんからね。

それまでの人類は山や野を駆け回り、獣を追い、食べ物を見つけては喰らい、適当な寝床を見つけて、子を作り、また食糧を求めて駆け回る。そんな暮らしをしていたんじゃないかと思います。

それは何にも縛られない暮らしですが、安心や安全にほど遠い暮らしに見える。

私は自由について考えるとき、その反対側にあるのは常に安心や安全なんじゃないかと思います。

安全の代償

農業、貨幣、宗教、科学。

これらは人間が生み出した柵の一部です。

とりわけ科学技術は、非常に強固な柵といえるのではないでしょうか。

科学の力によって、人類は自然淘汰の枠からはみ出し、救えぬ生命を救い、寿命を伸ばし、宵闇の恐怖を克服する光を手にし、どんな獣よりも早く走る足を手に入れました。

この柵の中で人間は次々に安全を手に入れてきました。

人が安全になるために生み出してきたそれらを、我々は文化や文明などと呼びます。

文化や文明が発展していく過程で人間は他の野生生物を柵で囲うことを学びました。

牛や豚、鶏などの家畜ですね。

家畜は、野生から切り離すことで形や習性を変化させられた動物をさします。

自然淘汰の枠組みから外れた存在である彼らは自然に戻しても生きていけないことが多いと考えられています。

それは、安全な柵の中で快適な暮らしを求めてきた我々もそうではないか。

自ら作った社会制度、文化的環境によって飼い慣らされ、それに適応してきた我々もまた家畜の一種である。

これを自己家畜化現象といいます。

自由の代償

たとえば、現代社会においてお金を持っていない人よりも持っている人の方が、自由に生きられる可能性は高いでしょう。

しかし、貨幣制度が機能しなくなった時はお金は無いけれども、作物を育てる技術を持っている人の方が自由に生きられる可能性が高くなるでしょう。

いずれにせよ、我々は何らかの家畜にすぎないのだと思います。

主がお金であるか、植物であるかの違いだけで、そこに真の自由は存在しないでしょう。

もし、真の自由を手にしたければ全ての柵を取り払われなければならない。

そこには厳しい自然淘汰の世界が待っている。

我々は柵の中にいるからこそ安全に暮らせているのです。

エウメネスとエウリュディケがマケドニアという柵を越えて逃げるのは簡単です。しかし、それは二人の安全を脅かす行為に他なりません。

それが分かっていたからこそエウメネスはエウリュディケの話を聞き、愛する者の安全を想い、身を引く決意をしたのでしょう。

自由と安全の天秤

ナラ
ナラ

自由の対義は安全という考え方は面白いね

ロジィ
ロジィ

我々の生活は多くの見えない柵で囲われている

ナラ
ナラ

会社、地域社会、政府など、もしかするともっと小さな人間関係なんかもそうかもしれないね

ロジィ
ロジィ

柵は不自由だが、セーフティネットでもある
どの柵を越えて、どこまでの不自由を妥協し、安全を確保するのか

ロジィ
ロジィ

人の生き方はそれで決まるのかもしれないな

コメント

タイトルとURLをコピーしました